被爆体験を聞く ~戦後80年の平和学習~
先日、被爆体験の語り部である森政忠雄さん(川崎市折り鶴の会会長)をお招きし、「孫世代に伝える被爆体験」と題してお話を伺いました。参加したのは4・5・6年生と保護者の希望者です。
現在92歳の森政さんは、爆心地から約3.7㎞にあった古田国民学校(現広島市立古田小学校)で12歳の時に被爆されました。長年語ることのなかった悲惨な体験を、孫娘に「聞かせてほしい」と頼まれたことをきっかけに70歳から語り部活動を始められました。講演を重ね、子どもたちからの素直な感想を受け取る中で、「体験の悲惨さだけを語るのではなく、なぜこのようなことになってしまったのかを考えるようにしなければ」と、戦争に至るまでの歴史的経緯も語るようにし、〈戦争を憎んで、人を憎まず〉という信念に辿り着いたそうです。
森政さんとの出会いは、今年9月に川崎市で開催された平和をテーマにしたイベントでした。トキワ松の子どもたちにもぜひお話していただけないかとご相談してみたところ、「こんなに嬉しいことはないです!」とご快諾下さり、校内でも「ぜひお願いしたい」とすぐに先生方の賛同が得られ、12月に講演企画が実現することとなりました。
1時間にわたるお話の間、子どもたちは想像力と理解力を精一杯働かせながらとても真剣に話を聞いていました。会を閉じた後、森政さんの近くに来てお礼を述べる子や握手を求める子、お帰りの時にはお見送りしに来た子たちもいました。
森政さんからは「会場に入った瞬間に〈聞こう〉という空気ができていることを感じました。長時間、最後まで皆さんに真剣に聞いてもらえて有難かったです。とても素晴らしい学校ですね。」とお言葉をいただきました。
子どもたちから集まった感想文からは、原爆の恐ろしさや戦争の悲惨さ、平和の大切さについて、お話を重く受け止めながら自分事として考えていることが伝わってきました。今すぐには分からないことも、時間をかけて知り、考え、学び続けることが大切です。子どもたちから溢れる平和へのまっすぐな思いを、少しでも多く共有したいと思い、学校通信の紙面を拡大して掲載しました。(本当は全員分載せたいくらいでした…!)
私たち一人ひとりが平和な世界のつくり手となるよう、これからも子どもたちとともに学び、考え、行動していきます。(校長)


~子どもたちの感想より~
・ぼくはこの話を聞いて、特に原ばくで亡くなった人が14万人もいたのにびっくりしました。その時に中学生が顔に大やけどをおって水がほしいと言いながら亡くなったのがとてもむごくて、悲しい死に方だと思いました。また原ばくとう下直後に家がやけガラスのはへんがいろんな人にささりみんなが病院に向かうすがたがぼくには見当もつかないぐらい悲さんなざんこくなじょうきょうだったと思いました。原ばくはぜったいに使ってはいけないものなんだと感じました。また、この話を聞いて今の日本は平和でそれがあたりまえになっているけれどその平和をこれからも守っていかなくてはいけないと思いました。(4年生)
・今は平和でこれからもずっと平和だと思っていたが、原爆によるひ害を知り、平和を当たり前と思ってはいけないと思った。若い人も戦争に行かされ、行きの分の燃料しかないものに乗せられたりした人がいると聞いて、命を軽く考えすぎだと思った。原爆は一つでもたくさんのぎせい者を出すのに、他国ではたくさん作られているので、なぜそんなものを作る必要があるんだと思った。ただでさえ戦争はおそろしいのに原爆という作ってはいけないようなものも戦争に使われると知った。空しゅうをされた所の写真は一面何もなく、焼け野原になっていたので、二度とこんなことはくりかえさないでほしいと思った。(5年生)
・原爆を落として来た連合軍をただ非難するのではなく、原爆や戦争自体のおそろしさを伝え、今後一切戦争をしてはいけないという思いが伝わって来た。今回の話を聞いて日本が太平洋戦争でいかに無理やり戦って、自らはめつの道を進んだのかが分かり、原爆を無くすだけではなく、戦争そのものを無くさなければならないのだと分かった。戦争はいとも簡単に人の命をうばってしまっていると聞いて、一人一人の命を大切にしなければならないと思った。また、そのころの独裁的な政治が戦争へとつながっていったので民主主義というものがいかに大切かが身にしみて感じられた。(6年生)
・8時15分、お友達と一緒にいつものように楽しく小学校へ通っていたところだった…というお話が、一番印象に残っています。今現在、毎日8:15になると学校のチャイムが鳴って、校舎に子どもたちが登校している時刻だなと想像して、とても怖い気持ちで信じられないような出来事であったと改めて思いました。6年生の国語の教科書に、『川とノリオ』という戦争で家族を失う主人公が描かれた物語が載っており、1学期~2学期にかけて、戦争と平和について考える授業を行いました。戦後80年の今年、夏休みに広島の平和記念公園、平和資料館、原爆ドーム、禎子さんの像を見に行ってきました。たくさんの外国の方が訪れていて、日本(日本人)の世界平和における役割を強く意識しました。これからも学校で教育する者として、平和のための種まきを続けていこうと思います。(教員)
・私自身、親も戦後生まれで、戦争を知らない世代です。祖父母からは「戦時中は砂糖が手に入らなくて貴重だった」等の苦労話は聞いたことはありますが、戦争体験は聞いたことがありませんでしたし、私も積極的に聞いて来なかったように思います。今年戦後80年を迎え、戦争・被爆体験者からお話を聞く機会は残念ながら今後減っていってしまいますが、お話を聞かせて頂いた私たちが後世に伝えていくことが大切だと感じました。戦争を知らない私たちは「戦争を憎んで人を憎まず」という言葉に共感していますが、実際に体験された方が葛藤や悲しみを乗り越えその境地に至られたことは頭が下がる思いです。だからこそ私たちはその想いを引き継いでいかなければいけないと改めて思いました。ご紹介いただきました『聞かせて、おじいちゃん』(横田明子著/2021年・国土社)を早速注文いたしました。届きましたら森政さんのお話を思い返しながら、読みたいと思っております。(保護者)








